何れ菖蒲か杜若

考察好きの村上担による徒然日記

世界の中心に穴が空いてしまった話

脈絡もなくつらつらと書く方が性に合っているのでTwitterの方が向いている自覚はあるのですが、ほんの少しだけ。ポエムっぽくなりますが、今夜くらいは許してほしい。


4月15日、私の世界に穴が空きました。
思っていたよりも、ずっとずっとど真ん中に。


関ジャニ∞を応援し始めてから、もう6年ほどになります。

Twitterを始めたきっかけは、すばるくんの誕生日を祝うオタクが羨ましかったからです。こんなにもたくさんの人に誕生日を祝われている彼は幸せ者なんだなぁと知ってしまって、思わず私もその輪に入りたくなったんです。

好きな人達のおかげで好きなものが増えるって本当に素敵なことで、関ジャニ∞を好きになってから心を許せる人や大切な作品にたくさん出会いました。
そして、すばるくんはつまらない常識に抗ったり小さな幸せをかみしめたりしてくれる人でした。「クソみたいな世界を一緒に生きていこう」と言いながら、世界の温かさを見つけてくれる人でした。そんな貴方を見ているうちに、私も日常を少しだけ丁寧に見るようになって、今まで見えなかったものも綺麗に見えるようになってきました。上手く言えないけれど、私の世界の色が増えた気がしています。



貴方は自担ではなかったけれど、間違いなく世界の中心でした。



貴方のためにピアノを始めた自担はこれからもピアノを弾くのだろうし、1になってしまった関ジャニ∞はこれからも貴方がくれた音楽でこんなクソみたいな世界を生きていく。


どうせなら、共に歩んで欲しかったなぁ。



ふとドーナツの穴の哲学を思い出しました。ドーナツの穴は有か無か?ってやつです。穴以外がドーナツなのか、穴も含めてドーナツなのか。穴を認識している時点で、それはそこに有るってことなんじゃないか。
難しい質問ですが、意図はあくまでも「ドーナツとは何であるか」ってことなので、穴について考える行為そのものが大切なんですよね。


関ジャニ∞において、渋谷すばるは有か無か。


これから彼らのことを見守りながら、つらつらと考えていきたいと思います。